相似な図形
形を変えずに大きさを変える「スケール」を探求する旅。
対応する辺の比が織りなす空間とプロポーションの法則。
ピラミッドの測量からフラクタル幾何学へと繋がる、次元を越えた理論。
第1章:形を保つ魔法:相似の定義と条件
相似な図形(Similar Figures)とは、一方の図形を一定の割合で拡大、または縮小したときに、もう一方の図形とぴったり重なり合う関係にある図形のことである。 「形は同じだが、大きさが異なる」この状態において、図形が持つ本質的な性質は保存される。 具体的には、対応するすべての線分の長さの比(相似比)が等しく、対応する角の大きさがそれぞれ等しいという強力な「不変性(Invariance)」を持っている。
幾何学的に見れば、相似な図形は空間における「スケールの変換」を表す。 手元の小さな三角形の性質を調べることが、そのまま宇宙の彼方にある巨大な三角形の性質を解き明かすことに直結する。 この「比率」という概念は、直接測ることができない巨大なものや微小なものの真実を知るための、人類が手にした最初の強力な武器であった。
自己相似的な三角形の可視化
青い三角形を拡大すると、赤い三角形と完全に一致する。
対応する辺の比率は常に一定である。
三角形の3つの相似条件
2つの三角形が相似であることを証明するために、すべての辺と角を測る必要はない。以下の3つの条件のうち、どれか1つでも満たせば、残りの性質も自動的に決定される。 ① 3組の辺の比がすべて等しい。 ② 2組の辺の比とその間の角がそれぞれ等しい。 ③ 2組の角がそれぞれ等しい。 特に③の「2組の角が等しい」という条件は、角度を測るだけで図形の形が確定することを示しており、測量において極めて実用的な定理である。
相似を表す記号「∽」は、17世紀のドイツの天才数学者ゴットフリート・ライプニッツによって提唱された。これはラテン語で「似ている」を意味する「similis」の頭文字である『S』を横に倒して作られた記号である。ちなみに、合同を表す記号には欧米で一般的な「≅」と、日本・韓国などで使われる「≡」(3本線)がある。「≡」を合同記号として導入したのはハンガリーの数学者ボーヤイ・ヤーノシュとされており、「∽に=を足した」という説明は語呂合わせとしては覚えやすいが、歴史的な成り立ちとは異なる。
実践:次元を超える比率の法則
相似比(長さの比)は1次元の概念だが、そこから2次元の「面積」や3次元の「体積」がどのように変化するかを知ることが、相似を使いこなす醍醐味である。
1 2次元への拡張:面積比は相似比の2乗
相似比(長さの比)が $m : n$ のとき、面積比は必ず $m^2 : n^2$ となる。縦と横の両方がそれぞれ $m$ 倍、$n$ 倍に拡大されるためだ。
2 3次元への拡張:体積比は相似比の3乗
同様に、相似な立体の相似比が $m : n$ のとき、体積比は $m^3 : n^3$ となる。縦、横、高さの3方向すべてがスケーリングされるからである。
宅配ピザのMサイズ(直径約25cm)とLサイズ(直径約35cm)があるとする。直径の相似比は $25 : 35 = 5 : 7$ である。 このとき、面積比は $5^2 : 7^2 = 25 : 49$ となり、LサイズはMサイズのほぼ2倍の面積(量)があることがわかる。 したがって、Lサイズの価格がMサイズの1.5倍程度であれば、数学的にはLサイズを買う方が圧倒的にお得なのである。
第2章:タレスとピラミッドの測量
相似の概念が歴史上最もドラマチックに使われたのは、紀元前600年頃の古代ギリシャの哲学者、ミレトスのタレスによるエピソードだろう。 彼はエジプトに渡り、巨大なクフ王の大ピラミッドの高さを、ただ1本の棒と「影」だけを使って正確に測定し、エジプトの王を驚嘆させた。
ピラミッドの影と杖の影
タレスは、ピラミッドの隣の地面に自らの杖を垂直に立てた。そして、太陽の光によってできる「杖の影の長さ」が「杖自身の長さ」と等しくなる時刻を待った。 太陽の光は地球に対して平行に降り注ぐため、杖とその影が作る直角二等辺三角形と、ピラミッドとその影が作る直角三角形は「相似(2組の角が等しい)」になる。 杖の長さと影の長さが等しい(相似比 $1:1$)のなら、ピラミッドの高さも、その影の長さと全く同じになる。この見事な発想により、彼は誰も測れなかった高さを間接的に測ることに成功したのである。
エラトステネスと地球の円周
タレスから数百年後、同じくギリシャの学者エラトステネスは、離れた2つの都市における太陽の南中高度のわずかな「角度のズレ」と都市間の距離を用い、平行線と相似(扇形の弧の長さの比)の原理を応用して地球の全周を計算した。 図形の相似という単純な真理は、巨大な建造物から地球のスケールにまで適用できる普遍的な測量技術となったのだ。
第3章:フラクタル幾何学と自己相似性
相似の概念は、1970年代にフランスの数学者ブノワ・マンデルブロによって、「自己相似性(Self-similarity)」を持つ複雑な図形「フラクタル(Fractal)」として現代数学の最前線へと昇華した。
ロマネスコと自然界のフラクタル
フラクタルとは、図形の全体を拡大していくと、その一部に全体と「相似」な形が無限に現れる構造を指す。 例えば、野菜のロマネスコ・ブロッコリーや、シダ植物の葉、海岸線の入り組んだ形などはすべてフラクタル構造を持っている。 ミクロな部分がマクロな全体と同じ形を繰り返すという性質は、自然界が効率的に成長を遂げるための合理的なアルゴリズムそのものである。
1.26次元の海岸線
フラクタルの世界では、図形は整数次元(1次元の線、2次元の面)に収まらない。 有名なフラクタル図形「コッホ曲線」は、線分を3等分して真ん中を三角形に出っ張らせる操作を無限に繰り返して作られる。 この図形は、拡大しても拡大してもギザギザが続くため、1次元の直線よりも複雑で、2次元の面よりはスカスカな「約1.26次元」という分数(フラクタル)次元を持つ。 相似という概念を無限に繰り返すことで、数学は次元の壁すらも打ち破ったのである。
「カントール集合」と呼ばれる図形は、線分を3等分して真ん中を取り除くという操作を無限に繰り返すことで得られるフラクタル図形である。 この図形は、残された線の長さの合計が「0」であるにも関わらず、そこに含まれる点の数は元の線分と同じ「無限大」であるという、人間の直感に反する不思議な性質を持っている。これもまた自己相似性の生み出すパラドックスである。
第4章:世界を最適化するスケーリング
相似の原理は、現代のデジタルテクノロジーやデザインの世界でも日常的に使われている。
地図の縮尺とGIS
Googleマップなどのデジタル地図(GIS)は、地球表面の構造を数学的な相似変換によって画面上に投影している。 ピンチイン・ピンチアウトによって拡大縮小を行う際、内部では常に座標データに対して相似比(スケーリング係数)を掛ける計算が行われている。 形を変えずにスケールだけをシームレスに変更できるのは、相似の定理が保証されているからだ。
3DCGとスケーリング行列
映画のCGやゲームにおける3Dモデリングでも、キャラクターや物体の大きさを変える際には「スケーリング行列」を用いた線形変換が行われる。 XYZ軸のすべての方向に同じ倍率を掛けることで、モデルのプロポーション(形)を崩すことなく、巨人から小人までを自在に描画することができる。
私たちが日常的に使うA4やB5といったコピー用紙。これらは、半分に折ったときの長方形が、元の長方形と「相似」になるように計算されて作られている。 その縦と横の比率は $1 : \sqrt{2}$(約1.414)であり、日本では古くから「白銀比」として建築などにも使われてきた美しいプロポーションである。何度半分に切っても形が変わらないため、印刷の拡大・縮小に無駄が生じない。
スケールを超える真実
大きさが違っても「本質(形)」が同じであることを見抜く力。
相似な図形は、目の前の小さな現象から、
手の届かない宇宙の広がりやミクロの世界まで
共通する普遍的な法則を我々に教えてくれるのである。